福留孝介選手 応援歌

経歴・使用歴

PL学園高校−日本生命(1998年ドラフト1位)
中日ドラゴンズ(1999年〜2007年)
・1作目:1999年〜2005年
・2作目:2006年〜2007年
米・カブス 他(2008年〜2012年)
阪神タイガース(2013年〜2020年)
・1作目:2013年〜2020年
中日ドラゴンズ(2021年〜)
・3作目:2021年〜

中日ドラゴンズ 在籍:2021年~

幾千と光る 栄光の軌跡 再びこの地で いざ舞い上がれ

阪神タイガース 在籍:2013年~2020年

唸るスイング 切り裂くアーチ ほえろ孝介 勝負を決めろ

中日ドラゴンズ 在籍:1999年~2007年

彼方の空を見据え 挑め夢のステージ 飛び出せすべて捧げて 扉の向こうへ

すわこそゆけの命に 気迫のフルスイング 凱歌が上がるスタンド バックスクリーンへ

寸評

鹿児島県出身、日米通算2000安打も達成した左の好打者。立浪選手に憧れてPL学園高に入学すると、2年春から主軸として活躍。超高校級スラッガーの呼び声高く、7球団からドラフト1位指名を受けた。

しかし、ドラゴンズとジャイアンツ以外が交渉権を獲得した際は社会人へと宣言しており、日本生命に入社。日本生命在籍時も都市対抗の若獅子賞を受賞し、19歳でアトランタオリンピック代表となるなど、活躍を重ね、3年後の1998年のドラフト会議にてドラゴンズを逆指名して入団した。

即戦力との期待も高く、背番号1とともに、立浪選手が使用していた「すわこそゆけの命に」で始まる応援歌があてられた。コールは下の名前で「孝介」。その後すぐにレギュラーとして活躍し、応援歌もおなじみの一曲となった。2006年には歌詞変更。「彼方の空」「夢のステージ」「扉の向こう」など、翌年に迫った海外FA権の取得を見据えたかのような歌詞があてられた。翌2007年シーズン終了後にFA権を行使し、米・カブスに移籍。応援歌も使用を終了した。

5シーズンをMLBで過ごしたあと、2013年に帰国し、タイガースへ入団。専用応援歌が設定された。曲はタイガースらしく、文字数を抑えた歌いやすいもの。コールはドラゴンズ時代とは異なり名字で「福留」。歌詞には「勝負を決めろ」という中軸としての期待が乗せられた。なお、このタイガースの応援歌の使用期間が最も長い。2016年には2000安打を達成、押しも押されぬ主軸として活躍した。

2021年には43歳でドラゴンズに復帰。当時と応援団が異なることもあり、新応援歌が作られた。曲調は自身4曲目(歌詞変更を含む)にしてはじめて短調の荘厳なイメージのもの。ベテランとしての重厚感が込められた。コールは前回のドラゴンズ在籍時同様、下の名前で「孝介」。

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